「行政ムラの掟」と法治〜宿泊施設の法規を中心に〜

平成30(2018)年6月15日に、新旅館業法と住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行し、特区民泊と出揃いました。行政機関(主に厚労省・保健所)の法令解釈・通知・要領・指導などの運用「行政ムラの掟」と法律・政省令・条例・規則の「法の支配、法律による行政」への想いを綴るブログ。東京都中野区で、行政書士おかべを営む。

観光業とキャパシティーと参詣

観光業は、「キャパシティー」という制約があると思う。

 

寺社を例にとると、その境内の大きさにより、

心地よく適切な参拝者の人数があると思う。

 

宗教施設との建物内に、ギュギュでは、その祈りの空間を維持できると思えない。

毎日のようにお参りにくる方が、ベースの人数であったら、

そこに、一時的にお参りにくる観光客が上乗せされることになる。

 

メディアなどで取り上げられ、急に参拝客が増えると、その導線の確保など、

祈りの空間が圧迫され、もともと持っていた空気感は消え上せることになる。

 

何を求めて、寺社に参るかというと、その空間が持っている空気感を味わいに行くのに、「観光客」によりその空気感が消えてしまったら、元も子もないだろう。

 

観光とは、「光ヲ観ル」とかく。

受け入れる側も、受け入れてもらう側も、昭和の高度経済成長の団地旅行の呪縛から、抜け出すチャンスが、今、訪れていて、本来の意味するところの「観光業」を発展させる時期だと思う。

 

例えば、寺社参詣も、コンサートのように、日時や時間を区切った前売り券と当日券を一人当たり2,000円とかで販売し、境内にいる人数を制限することで、その境内の光をゆっくりと味わってもらう。

書院や庫裡で、お茶の接待を行う。本堂や観音堂に入堂できるようにする。

そのために、人数を制限する意味合いも含めて、一人当たり5,000円にする。

懇切丁寧なガイドブックと御朱印・御影を、ワンセットにする。

 

檀信徒さんには、パスポートを発行して、出入りは自由にするなど、

その宗教施設としての立ち位置は守る。

 

そのように新しい参詣の形を模索してはどうだろうか?

 

ちょっと話は飛ぶが、寺社は昔は、総合施設だったと思っている。

宗教、文化、学究、学校、役所、福祉の総合的な役割があったと思う。

それが時代とともに、変化していったと思う。

 

その土地とともに歩んできた寺社には、その土地の歴史や気候風土、文化など「人」が生きてきた空気が詰まっていると思う。

それらを、見て味わってもらって、地元と観光に訪れる方々との相互交流の場に、

寺社は最適ではないかと思う。

 

新しい参詣の形と交流の場を、作ることで、継続的な観光業の発展を見込めるのでないだろうか?